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あと半分も自分の人生が残っているのだとするならば

同じテーマの2本の映画


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最近鑑賞したふたつの映画が、偶然にも同じテーマを扱っていた。

「人生の支えとなっていた、かけがえの無いものを永遠に喪ってしまった人間が、それでも生きていく」

そんなテーマだった。


『彼女の人生は間違いじゃない』の主人公、金沢みゆき(瀧内公美)は、福島で東日本大震災に遭い、母親と死別してしまう。あれから5年。妻を喪ったみゆきの父、金沢修(光石研)は生きる力を失い、新しい仕事を探すこともせず、保証金で酒を飲み、パチンコを打ち、口を開けば出てくるのは妻との想い出話ばかり。

そんな父親仮設住宅で暮らすみゆきもまた、先が見えない人生に、希望を失っていた。劇中、彼女の表情から感じ取れるのは、あまりにも深い諦念だけだ。週末、周囲に隠れて東京へ出向いてやっているデリヘルのアルバイトは、そんな彼女にとって、少しでも自分の人生を実感するためのセラピーだったのかも知れない。


『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン』。ダンサーとしての天賦の才に恵まれたセルゲイにとって、家族はとても大切な、愛すべきものだった。

息子の才能を見抜いたセルゲイの両親は、セルゲイの才能を開花させるべく、貧困の中から苦労して、祖国ウクライナからイギリスの名門、ロイヤル・バレエ・スクールへ13歳のセルゲイを単身入学させる。これは、両親からセルゲイへの深い愛の賜物だったが、このことにより、セルゲイと両親は、離れ離れで暮らすことになってしまう。

「自分がダンサーとして成功すれば、また、愛する家族と一緒に幸せに暮らすことが出来る!」

それが、セルゲイのダンスに対するモチベーションだった。しかし、セルゲイが渡英した1年後に、両親は離婚*1。セルゲイはダンスを続ける意味を見失い、あまりにも過酷な稽古や、トップダンサーとしての自分に周囲から課せられる重圧に耐えきれず、ドラッグに溺れ、鬱病を患い、迷走していく。


私と同じだ

みゆきや修にとっての『母親』も、セルゲイにとっての『家族』も、人生の生きる意味と言っても過言ではない、大切なものだった。しかし、彼・彼女らは、それを永遠に喪ってしまう。その姿は、『例の彼女』を喪って以来、心の何処かで常に人生に虚しさを感じ続けている、私の姿と重なった。

修にとっての酒とパチンコは、みゆきにとってのデリヘルのバイトは、セルゲイにとってのドラッグは、私にとってのバーやDJイベントだ。『それ』でなければ決して満たされない心の虚無感を、酒や娯楽で、あるいは友人との馬鹿騒ぎで、無理やり埋め合わせ、凌いでいる。


自分が不幸だと考えているわけではない。バーで仲間と打ったイベントが盛り上がり成功すれば、信じられないくらい大きな幸せを感じることが出来る。その瞬間、自分は世界一の幸せ者だと感じる瞬間が。自分の過去と、そこから導き出された現在とを、心の底から肯定できる瞬間が、確かにそこに、ある。

しかしそれは、所詮は刹那的な埋め合わせにすぎない。その幸福感は一瞬のことで、しばらくすれば私の心は、再び虚無に支配されてしまう。


社会的地位や金銭に、不満があるわけでもない。いまの仕事は自分に向いていると感じるし、収入もそれなりにある。勤める会社はホワイト企業で、余暇に趣味や自分の時間を楽しむ時間もたくさんある。かつて、私は自分のコミュニケーション能力に大きなコンプレックスを抱いていたが、最近では友人も増え、そうした自意識の悩みからも解放された。私のこれまでの人生を客観的に振り返ったとき、本当に悪くない、幸せな人生を送れていると思う。


ただ1点、『例の彼女』を喪ってしまったという点を除いては。


私は、『例の彼女』の為に、自分の人生を捧げたかった。『例の彼女』の為に、生きたかった。彼女が傍らにいないのであれば、今後、どれだけ輝かしい社会的成功を収めようとも、どれだけ巨大な金銭的報酬を得ようとも、どれだけ刺激的な快楽に酔おうとも、どれだけ豊かな人間関係を築き上げようとも、なんの意味もなく、虚しいだけだ。


こんな事になるのなら、彼女を得なければよかったと思うこともある。彼女と出逢う前の私は、他人に飢えはしていたが、こんな虚無を感じることはなかった。自分の力で、自分を楽しませる力を持っていた。しかし私は、満たされる幸せを知ってしまった。1度知ってしまったら、もう戻れない。そしてそれを喪ったとき、その満たされていた心の空間は、私の人生からすべてを奪ってゆく巨大なブラックホールと化してしまった。

彼女が空けていった巨大な『穴』に、私はガラクタを詰め込みながら、なんとか日々を凌いでいる。しかし、その穴は決して満たされることはない。満たすには、彼女でなくては駄目だ。かつての私があれほど渇望していた『友人』ですら、この穴を埋めるには役不足だ(これが、いま私の周囲に居てくれている友人たちに大変失礼な物言いなのは承知しているが、あえて真実を書く)。あのあと付き合った恋人たちも、彼女には遠く及ばない。別の女性と付き合えば付き合うほど、彼女の偉大さ、素晴らしさを再確認させられる結果となってしまう。

あなたの人生は、あなたしか生きることができない - インターネットの備忘録
自分がそれぞれの期限を過ぎたときに、「ああ、間に合わなかったけれど、これはこれでいい人生だな」と思えるかどうかのほうが、もっとずっと重要だと感じています。

はせさんの、言う通りだと思う。彼女を喪ってから7年。この7年間、私はこの虚無感から解放されるために生きてきた。「彼女とは別れてしまったけれど、これはこれでいい人生だな」。そう、いつか思えるようになるために、生きてきた。自分なりに、努力もしたつもりだ。これ以上、なにをしろというのか。なにをすれば私は、この虚無から解放されるのか。

『彼女の人生は間違いじゃない』のみゆき達も、『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン』のセルゲイも、紆余曲折を経て最後は人生に再び希望を見出していった。私にも、そういう時が訪れるのだろうか?あれから7年も、その時を待ち続けているというのに?その間にも私はますます老い、衰えていっているというのに?

もうじき、40歳になる。あと半分も自分の人生が残っているのだとするならば、その時間は私にとって、あまりにも長すぎる。



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*1:離婚の理由は不明だが、「セルゲイを送り出して1年間、あまりにも大きい喪失感からなにも手につかなくなってしまった」というセルゲイの母親の証言から考えるに、この辺りが原因で夫婦の不和が進んでしまったのかも知れない。