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自意識高い系男子。アラフォー。
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天才が0を1に開拓した瞬間特有の一瞬のきらめきが、いまの日本プロゲーマー界にはある

ゲーム 人生

ゲームプレイは、その価値を世間に認められた

プロゲーマー育成専門学校ができると聞いた。その是非や有効性はともかく、青春時代、それこそ週に7日はゲーセンに通うゲーセン小僧だった私は、かつては日陰者だった「ゲーマー」という人種も、学校ができるほど多くの若者が憧れる日向の存在になったのかと、感慨にふけってしまった。

いま、日本でもっとも有名なプロゲーマーは、対戦格闘ゲームウメハラ選手だろう。彼やその周辺のゲーマーと同世代で、同時期にゲーセンに通い、同じ空気を吸っていた私のような人間にとって、ゲーメストなどの雑誌や、ゲーセン仲間から回ってきたプレイビデオ*1の中でその名を知る存在であった彼らは「ゲーセンヒーロー」であり、心の底からの尊敬や憧れの対象だったが、しかしそれはあくまで「ゲーセン」という極めて限られた世界の中だけの話であり、世間の人間にその価値が認められるようになるとは、まったく想像もしていなかった。


一流のゲームプレイには、観る者に感動を与える力がある。


ゲーセンで遭遇した数々のスーパープレイを通し、私はそれを知っていたけれど、その価値は世間にまったく周知されておらず、そのことは若き日の私にとって歯痒かった。もっと世間に、一流のゲームプレイの凄さを知って欲しかった。認められて欲しかった。

お隣の韓国でプロゲーマー制度ができたと聞いたときには、ゲームプレイの価値を認める土壌がある韓国という国の先見性が羨ましかったし、ゲーム先進国であり、世界一のゲーセン文化を誇るこの日本でなぜそうした気運がまったく高まらないのかと、苛立ちを感じたものだ。


あれから15年。かつてのトッププレイヤーの幾人かは「プロゲーマー」となった。スポンサー企業と契約を結び、大会で賞金を稼ぎ、タレント活動を行う。マスコミからも好意的に取り上げられ、著書が刊行され、TVのゴールデンタイムに彼らの姿を観ることすらしばしばだ。

ゲームプレイの凄さは、世間に認められた。少なくとも、私が青春を過ごした時代よりは、はるかに。本当に、隔世の感がある。私が青春を費やしたゲームという存在は、やはり無価値なものではなかったのだ。

天才が0を1にした瞬間特有の輝き

いま、プロとして活躍しているゲーマーたちは、「開拓者」であり、「天才」なのだと思う。ゲームが上達しても、その先に何があるわけでもなかった時代。社会的地位やカネが得られるわけでもなく、異性にモテるわけですらなく、莫大な時間と労力とカネを投資したうえで得られるのは、幾ばくかの名誉のみ。それも、ゲーセンという極めて狭い場所だけでしか通用しない、限定的な「名誉」だ。

それでも彼らがゲームをプレイし続けたのは、「ゲームが好きだったから」なのだと思う。社会的見返りがなにも期待できないのなら、「好き」以外に求道のモチベーションなど沸きようハズもない。いま、プロゲーマーとして活躍している者たちは、本当にゲームが好きで、ゲーセンというなんのサポートも得られない暗がりの中で未踏の領域を追求し続け、才能を認められ、結果としてプロになった者たちなのだ。


私はそこに、いまのプロゲーマー界の魅力を感じる。


今後、プロゲーマーが職業として確立されたものとなれば、結果ではなく目的としてプロゲーマーを目指そうとする世代が現れる*2。彼らの時代には、多数のプロを目指すプレイヤーとその支援企業らによって、プレイ環境は整備され、ゲームプレイの定石は加速度的に研究・進化・効率化され、全体のレベルは高まるだろう。実況やイベント運営など、周辺文化のノウハウも溜まっていくだろう。文化的に経済的に、プロゲーマーは洗練されていくだろう。

しかしその「洗練」とは、先人たちが無から開拓したケモノ道を、塗装していく作業に過ぎない。塗装されたその道では、天才の情熱・狂気・才能よりも、秀才の努力が幅を効かせるようになるだろう。カネや名声を目的とした打算的思惑も入り込み、純粋に「ゲームが好きで好きでたまらない」という空気も、徐々に失われていくことだろう。界隈の雰囲気は、そうして少しずつ変質していくだろう。


ひと握りの天才が0を1に開拓した道を、数多の秀才が100に洗練させていく。この世のあらゆる文化は、そうした歴史を辿り発展してきた。日本のプロゲーマーは、いままさに天才が0を1に開拓した分野だと思う。いまの日本プロゲーマー界には、天才が秀才に駆逐されるまでの、その一瞬にしか現れない特有のきらめきがあると感じられる。

その場所に居合わせ、天才たちと同じ時代の空気をゲーセンという同じ場所で味わえたことを、私は幸運に思う。そんな場所には、人生でそうそう居合わせることができるものではない。

ウメハラ FIGHTING GAMERS! (1) (角川コミックス・エース 488-1)

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*1:「動画」でも「DVD」でもなく「ビデオ」。VHSの。

*2:それこそ「プロゲーマー養成学校」などを通し。