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自意識高い系男子。アラフォー。
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自らが偽物であるという可能性すら示唆しつつメディアの偏向報道問題に切り込んだ、傑作"社会批判映画" 『FAKE』

映画

ネタバレ注意報!

森達也監督が佐村河内氏のゴーストライター騒動を扱った話題の新作ドキュメンタリー、「FAKE」を鑑賞。死ぬほど面白く、衝撃的な内容でした。森達也ヤバい。最高すぎる。ネタバレ全開、鑑賞済み前提でいくので、ネタバレされたくない方はここでお引き取りお願い申し上げますm(_ _)m


miyearnzzlabo.com


諸君、私はマスコミが嫌いだ

私、基本的にマスコミが死ぬほど嫌いなんですね。特に、TVのワイドショーやバラエティ番組、写真週刊誌などの、大衆を煽って特定の対象に悪印象を与え差別を誘発するような「悪意」を感じるコンテンツを作っているタイプのマスコミが。

このへん、前回の記事で書いたマスコミが中心となって作り出された90年代「オタク差別」の直撃を中高生時代に受けたとかそのへんが理由なんですけどまぁそこは置いといて。


そんな私にとって、この映画の前半は、とても痛快でした。あの騒動時の報道で「加害者」として仕立てあげられた佐村河内氏に、自らの視点から弁明を行ってもらうことによりマスコミの偏向報道を暴いていくという内容。豆乳、ケーキ、そして猫。意外にもお茶目な佐村河内氏とその奥方のキャラクターも相まって、多くの観客は佐村河内氏に好意と共感を抱き、こう思ったのではないでしょうか。

「そうか。マスコミの報道は一面的な偏ったものであり、佐村河内氏には同情するべき被害者としての側面もあるのか」


映画は終始、佐村河内氏に共感的なトーンで進行。佐村河内氏を陥れた「悪者」の新垣隆氏や神山典士氏は、森監督からの取材の申し込みに応じることもせず、逃げ回っているように見えます。やはりマスコミの報道は、偏向報道だったのか。こんなにも人間味あふれる、心優しい佐村河内氏とその親族を苦しみのどん底に突き落としたマスゴミ、マジ許すまじ。


偏向報道を恐れ、佐村河内氏が出演をキャンセルした民放の大晦日特番で、難聴ネタを絡めてウケを取る新垣氏を複雑な表情で眺める佐村河内氏に対し、森監督はこう言います。

マスコミには、思想も想いもない。目の前にあるものをどうやって面白くするかしか考えていない。あなたがもし出ていればそれなりのものを作ったかもしれないけれど、今回出なかったからこういうことになったんだよ」*1

然り。面白さのために視聴率のために、マスコミはいつも平然と嘘をつき、出演者を嗤い者にする。それで事実がねじ曲がろうが、傷つく人間が現れようが、世間からの偏見や差別に晒される被害者が出ようが、まったく意に介さずに。

私は、そんなマスコミが大嫌いだ。さすが森達也。おれたちに言えないことを平然と言ってのける!そこにシビれる!憧れるゥゥゥゥ!


メディアの報道は『常に』偏っている(そして、この映画も例外ではない)

元来マスコミ嫌いの私は、森監督による最高に辛辣で的を射たマスコミ批判に拍手喝采大歓喜。森先生、流石です!一生ついていきます!と忠誠を誓い…誓おうと…思ったのですが…

…どこからか感じられる、微妙な違和感。何かが、おかしい。何か、都合がよすぎないか?


確かにこの映画を観ていると、「佐村河内氏を加害者に、新垣隆氏を被害者に仕立て上げることで世間の注目を集め、佐村河内氏の苦悩も顧みず使い捨てのネタとして騒動を煽った巨悪の総本山」がマスコミであったかのように感じられます。しかし、マスコミの報道が一方的な偏ったものであったのと同じくらい、佐村河内氏の側に立ったこの映画の内容も、あまりに一方的で偏った、不自然なものではないか?


そんな疑念が頭をよぎり始めたころ、映画はクライマックスを迎え、エンドロールに突入します。そして流された、エンドロール後の「あの」ラストシーン。森監督が佐村河内氏に投げかけた「あの」質問。そしてそれに対する佐村河内氏のあまりにも衝撃的な「あの」答え。


私が感じた疑念は、正しかった!あのラストシーンを観て、なにが「真実」なのか、なにが「偽物(FAKE)」なのか、私にはまったくわからなくなりました。

佐村河内氏も、奥方も、TV関係者も。すべては事前に用意されたシナリオを演じていただけで、この映画は真実なんてなにひとつ語っていないんじゃないか。あの映画の佐村河内氏は実は本人そっくりさんの俳優で、適当なマンション借りて1カ月くらいで撮影したとか、この映画自体が壮大なFAKEだったんじゃないか。冗談ではなく本気で、そういう陰謀論めいた可能性すらあり得ると、私は思わされました。


メディアで伝えられることの何が真実で何が嘘かなんて、視聴者には本当にわからない。メディアは常に偏っている。それは、この映画自身も含めて。あの109分間、私を含めた観客は、森監督に騙され続けていたのかも知れない。森監督の掌の上で踊らされていただけなのかも知れない。

自らがFAKEであるという可能性すら示唆しつつ、「偏向報道」というメディアの欺瞞に逆説的に迫る。それが恐らく、森監督のやりたかったことであり、だからこそこの映画は佐村河内氏援護という「偏った」姿勢をあえて徹底的に貫いている。その意味で、この映画は「事実を追いかける」ことを主眼とした「ドキュメンタリー映画」ではありません。「社会批判映画」です。

"FAKE"

まったく絶妙すぎるタイトルを、森監督はこの傑作に名付けたものです。今後、この映画に関するあっと驚くような「ネタバレ」が監督の口から明かされることを、私は密かに期待しています。


ドキュメント・森達也の『ドキュメンタリーは嘘をつく』 (DVD付)

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