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自意識高い系男子。アラフォー。
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「人間関係の取捨選択が重要な社会」に、私たちはまだ慣れていない

コミュニケーション ネット 非モテ 社会

せやな、と思いました。ひとりの人間が、人生のうちで大切にできる相手の数には限界がありますから、それを選択することは、重要です。ましてやこちらを大切にしてくれない相手など。私も先日、「ネットの『とおりすがり』を人間扱いしてはいけない」という記事を書きましたが、繋がっている話だと思います。


ただ、こういう「人間関係の取捨選択」が重要になってきたのって、割と最近の話だと思うんですよ。ほんの半世紀ほど前までは、産まれた土地の閉鎖的な人間関係の中で生涯を終える人間が圧倒的に多かったわけで*1、そういう社会では「人間関係の取捨選択」なんて、発生する余地すらなかったことでしょう。個人がこれほど多くの人間と関係を持てるようになったのは、携帯電話やインターネットなどの情報技術が発達してきた、ほんのここ数十年の話なのです。

世間で流通している人間関係の処世術や道徳の中には、この閉鎖的な時代の人間関係を前提としているものが、結構あるような気がします。「可能な限り他人には礼節を尽くすべき」「他人には裏表なく平等に」などは、一人の人間が生涯接する人間が限られていた社会だったからこそ、言えた話なんじゃないでしょうか。

そうした社会の変化を考慮せず、古い時代の処世術や道徳を真に受けて行動してしまうと痛い目を見る「罠」のような場面が、現代社会には多々あるように私には見受けられます。

「人間関係の取捨選択が重要な社会」に、私たちはまだ慣れていない

人間関係が、「少人数/濃厚」なものから、「多人数/薄い」ものへと変化し、さばき切れなくなった大量の人間関係に優先順位をつけ*2、取捨選択することが重要になっていったのがここ数十年の時代の流れだったとして。この「大量の人間関係の取捨選択」をサポートする環境がSNSなどにより整備されていくのが、今後の流れなのかも知れません。


かつてあった日本の研究室推薦とか縁故採用は、今発覚したら非難されるだろうけど、推薦で入った人は紹介してくれた人の評価を下げたくないからちゃんと働くので、信用が確保されていて楽だった。


昔は、そのような信用の機能を担っているのは「縁」だった。また、今は学歴や所属や給料が信用の役割を果たしている。でもこれからは、「いいひとかどうか」という各人の評価が段々ウェブ上で可視化されていくから、信用できるかどうかの判断もそこに移っていく。

↑の記事では、かつて「身内の縁」の中でだけ流通していた「信用」が、ネットを介して全ての人間に開示されることにより、多人数の中から「人間関係の取捨選択」することが容易になる。その結果、「いい人」としての自分をアピールすることに長けた人間が有利になる、という話が書かれています*3

ネット自体の信用度の問題などから、まだネットにそこまでの力は無いと個人的には感じられますが、今後、ネットが社会のインフラとしてますます定着した先には、ネットで個人の人となりを判断することがそれなりに有効な社会という未来も、充分あり得ると思われます。

でもこれって、かつての「村社会」に存在した相互監視社会が、社会全体で相互監視し合うシステムとしてパワーアップして復活したようなものなんですよね。「村社会」のしがらみを嫌い、自由を望んだ私たちですが、いざ自由な社会が訪れてみれば、自由化され拡大した人間関係を持て余し、再び相互監視社会による「安心」を求めてしまうとは、なんとも皮肉なものです*4


また、「人間関係の取捨選択」は、選択する側にとってもされる側にとっても、多大なストレスを伴う行為です。「承認欲求」や「モテる/モテない」の問題が昨今注目を集めるのも、「人間関係の取捨選択」が重要な社会になってきたことと、無関係ではないでしょう。


社会の変化により、私たちの人間関係は、少人数と濃密な関係を結ぶものから、多人数と薄い関係を持つものへと変化し、携帯電話やインターネットなどの情報技術はその流れを加速させてきました。個人が、これほどたくさんの他者と関係を結ぶ社会を、人類はこれまで体験したことがありません。

この新しいコミュニケーションを要求される社会に、私たちはまだ慣れておらず、適応しきれていないように思います。今後、こうした社会に適した人間関係の道徳、技術、処世術が求められ、産み出されていくのではないでしょうか。そしてそれには、「人間関係の取捨選択」のように、過去の価値観から見れば、ある意味「悪」として扱われてきたようなものも、含まれるのかも知れません。

*1:特に田舎の山村などでは。

*2:嫌な話です。

*3:「いい人アピールすることに長けた人間が有利」であり、「本当にいい人」である必要はない点に注意。

*4:こうした社会の行き着く先が、データベース化された個人情報から「犯罪者予備軍」などの属性を割り出し、あらかじめシステムが個人の人生を決めてしまう、アニメ「サイコパス」や映画「ダイバージェント」の世界でしょう。